(睡眠不足ではキレやすくなったり、不安・抑うつが強まったり、不登校になるおそれがあることを踏まえて)
文科省の調べでは、不登校が始まった時期は、小学生では4月(25%)、9月(12%)の順に多く、中学生では5月(16%)、4月(12%)、9月(10%)となっています1)。長い休み明けに注意が必要なことがわかります。最初に学校に行きづらいと感じ始めたきっかけとして、4割のお子さんが「身体の不調」や「生活リズムの乱れ」を挙げています。
ふだんの生活では、週末に多少朝寝坊をしても次の月曜日には何とか早起きをして登校できるのですが、夏休みや春休みなど長期休暇の場合は何日間か朝寝坊が続いてしまいます。すると体のリズムが夜ふかし朝寝坊に固定されてしまい、朝起きようと思っても起きられない・・・という状態になってしまうことがあります。
8~10歳の児童800人を対象とした研究では、夜寝る時刻が午後10時以降の児童では、10時前に寝ている児童に比べて、注意欠如多動症(ADHD)の2大症状である「多動・衝動性症状」と「不注意症状」の得点が2割程度、高いことが示されています。この傾向は、ADHDの遺伝的なリスクが低い場合に顕著でした2)。つまり、寝る時間が遅いことが、キレやすさや落ち着きのなさ、不注意を引き起こしている可能性があり、様々な問題行動に対処するには、まず睡眠を整えることが大切だということです。
また、思春期になって夜眠れず、朝起きるのが難しくなって睡眠のリズムが乱れてしまうことで、抑うつ的になることが知られています3)。睡眠のリズムを整えることで、気分の改善をはかることができます。
思春期のみなさんが規則的で十分な睡眠をとるために、いくつかのコツが提唱されています4)。昼間にしっかりと動くことで、寝つきがよくなり、夜ふかしを防ぐことができます。反対に、夜にディスプレイを見ること、明るい照明の下にいることは夜ふかしと睡眠不足を助長します。
家族ぐるみで、睡眠衛生に気を配ること-具体的には午前中に明るい光を浴びる、朝食をとる、夕方以降にカフェインをとらない、夜食は控える、寝る前に悩み事をしない、寝室の環境を整える-は子どもたちの睡眠を守るために大切です。
東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 教授
公益財団法人 神経研究所 睡眠健康推進機構 特別推進員
駒田 陽子
目覚まし時計の力などを借りずに、時刻を決めて起きることを自己覚醒といいます。米国からの報告では、20歳以上の約半数が、この自己覚醒を習慣にしているということです(Moorcroft WH et al: 1997;)。日本でも、労働者を対象にした調査では20代が7%、30代が18%、40代が27%、50代が37%と、年齢が上がるにつれて多くなることが分かっています。自己覚醒の習慣がない人でも、訓練によって希望する時間に起きることができるようになります。Ikedaらは自宅で自己覚醒の訓練を 7日間行った結果、7日目には 81.8%が自己覚醒に成功したと報告しています(Ikeda et al, 2012 )。もっと長い期間訓練すれば、この率はもっと高くなるかもしれません。
また、自己覚醒で目覚める時刻を普段の覚醒時刻の近くにすれば睡眠を悪化することはありませんし、日中の疲労感が少なくて済みます。しかし、離れた時刻にすると寝つきが悪い、途中覚醒が増える、深睡眠が減少するなど睡眠は悪化しますし、日中の眠気も増えるといいます。
昼寝などをしたとき急に起こされたりすると、しばらくはぼんやりとして頭が働きません。これを睡眠慣性と呼びますが、自己覚醒するとこの睡眠慣性が小さくて済みます。すなわち、目覚めてすぐに仕事に戻れます。
うちの子は遠足や運動会の日には早く起きられるのに毎日学校に遅れるのはどうして、と嘆くお母さんがいます。動機づけを高めることで自己覚醒の成功率が向上するという報告(Lavie et al.,1979)もありますから、動機づけの差なのかもしれません。
自己覚醒の背景に神経系や内分泌機能がかかわっていることが次第に明らかにされています。1999年に、覚醒に先立って血中のACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の濃度が上昇することが報告されました(Born et al: 1999)。強制的に起こされた場合にはこのホルモンの上昇がみられません。また、覚醒前から睡眠深度が浅くなる、前頭葉の働きが活発になる(Aritake et al:2012)といった報告もされています。このような神経やホルモンが働くことによって起きようと思った時間に起きることができると考えられます。
ただ、そのような神経系や内分泌の変化がなぜ起こるのかということは、今後の研究の課題です。人には一日のリズムを決める体内時計が備わっていますが、それとは別に経過時間を測定する時計があり、その働きによって、希望する時刻に神経系や内分泌系の働きが変化し、目覚めることができるのかもしれません。
研究が進んで朝の起床困難が解消される日がやってくることが期待されます。
公益財団法人 神経研究所
精神神経科学センター長 髙橋 清久
スクリーン型デバイスは社会に浸透し、多くの人々の日常生活の中で自然に存在するようになりました。特に若い人は、ソーシャルメディアや動画配信サービス、ゲーム、オンライン授業などスクリーンを頻繁に使用しています。大学生の8割が夜ベッドに行った後にスマホを使用しているという報告もあります 1)。
ノルウェーの大学生5万人を対象として行われた調査 2)では、一日の平均スクリーンタイムは男子学生で7時間54分、女子学生で6時間58分、夜ベッドに入ってからスマホやタブレットなどのデバイスを使う時間は平均46分でした。スクリーンタイムが増えるほど、睡眠時間が短くなり睡眠の質が低下するという負の関連が認められました。中でも特に、夜間のスクリーンタイムは睡眠に強く影響していました。さらに、ソーシャルメディアへの依存度が高い人では不眠症の割合が高く、寝つきや中途覚醒に問題がみられました。この結果は、スクリーンタイムが大学生の睡眠の量と質に強く影響することを示唆しており、特に夜間のスクリーンタイムを見直すことが重要であると考えられます。
いくつかの理由が考えられます。第一に時間のトレードオフつまり本来であれば目を閉じて寝ているはずの時間をスクリーンタイムに取られてしまうということ。第二にメールやSNSによって目が冴えてしまうこと。第三にスクリーンが発する短波長の光によって、夜を知らせるホルモンであるメラトニンの分泌が抑制されること、また体内に備わる生体リズムは夜の光によって後退する(夜型化する)こと等が挙げられます。ある実験では、就寝時にタブレットを使って小説を読む条件では、紙媒体で読む場合に比べて眠気が低減し、深い睡眠に入りづらくなることが報告されています 3)。
十分な睡眠をとることは心を安め、私たちが抑うつ症状に陥るのを防いでくれます。スマホやタブレットは寝室には持ち込まないようにして、ゆっくりと眠りましょう。
明治薬科大学 准教授
公益財団法人 神経研究所 睡眠健康推進機構 特別推進員
駒田 陽子
昔から「春眠暁を覚えず」といわれますが、暑からず寒からずの春は睡眠に適しています。春は日中に活動的になり夜に良く眠れるだけでなく、日中の眠気も感じる人が多い季節です。眠気対策には様々な方法があり、みなさんもコーヒー・洗顔・ガムなど試したことがあると思います。眠気や認知機能の回復にはすなわち仮眠が最も効果的といわれています。アメリカでは仮眠はさぼっている訳でなく、積極的に休みを取る意味から、パワーナップと呼ばれています。NASAの睡眠研究でも30分以内のパワーナップで、認知機能が3割、注意力が5割改善したとの報告もあります。今回はパワーナップを3つのポイントから説明したいと思います。
以上3つで短時間にスッキリするパワーナップのマニュアルになります。ちなみにパワーナップに適した時間は午後早めが適切なので、可能なら2時ごろ、難しければ昼休みの終わり際をお勧めします。夕方にウトウトすると夜の睡眠に悪影響なので、15時前頃には実行しましょう。
なんとなくウトウトするのではなく、積極的にパワーナップを活用して、眠気が出やすい午後の時間にスッキリした頭で活動してください。ちなみにパワーナップの応用編としては、夜勤前や高速道路で車の運転の休憩中など、ミスが許されない場面に行く前に実践すると、より効果を実感できると思います。さっそく今日から実践してみましょう。
公益財団法人 神経研究所
睡眠健康推進機構 特別推進員 相良 雄一郎
睡眠時間が短いと、翌日何となく調子が良くなかったり、日中に眠気を感じたりするのは誰でもが体験する事です。睡眠時間不足が短期間であれば大きな問題が生じるリスクは低いと考えられますが、長期間持続すると心身に大きな弊害が生じる事が知られています。ここで問題となるのはヒトの睡眠時間には大きな個人差がある事です。このため何時間眠れば良いのかを簡単に定義するのは難しいのです。一般的には、weekendの睡眠時間がweekdayに比較して1〜2時間以上長い場合には睡眠不足の状態にある可能性が高いとされています。
これまでの多くの研究から睡眠不足の弊害としては以下の事項が知られています。
以上のように睡眠不足はただ単に翌朝の起床困難や日中の眠気の原因になるだけではなく、特に長期間持続した場合には心身に大きな悪影響を与える、ある意味では危険な状態であると言えるのです。睡眠不足は本人には自覚されていない場合も多い事から、日頃から十分な睡眠時間を確保するよう心がける事が健康的な心身を維持するためにはとても大切だと言えるのです。
学校法人慈恵大学参与 伊藤 洋
トップへ戻る前回に引き継いで発達障害児に認められる睡眠障害について述べますが、今回は発達障害児の中で、興味がなくなると眠ってしまう例を紹介します。
睡眠覚醒は睡眠負債の量に応じた恒常性制御と体内時計による日周的制御によりコントロールされています。一方で気持ちが高ぶっているときや何かに没頭しているときなどは眠気を忘れることが多く、それとは逆に誰でも刺激がなく退屈な状況では眠くなることはよく経験されます。つまり、生理的な欲求とは別に、感情や認知的な要因も睡眠覚醒行動に影響を与えるようです。このようなやる気(モチベーション)に関連した機構は前述の恒常性と体内時計とは異なるものであることが近年の研究で明らかにされてきました。モチベーション・報酬行動などに側坐核と呼ばれる部位に存在するアデノシンが関連するようです。この問題は発達障害でよくみられる長時間睡眠や学校で理解できない課目になると眠ってしまうなどの行為を説明できるかもしれません。
15歳女児(発達障害、不安障害) 小2の頃、妹が出生、生後2ヶ月で入院した時期にキーッと叫ぶなどパニック症状が出現し、その後も症状が増強し小5頃には母を叩いたり、蹴ったりする頻度が増加してきました。パニック症状は家庭のみで、学校で起こることはなかったようです。朝なかなか起きられないので遅刻、欠席も多くなりました。小6時、小児科を受診し検査を受け、発達障害、不安障害と診断されました。知的にはかなり高く、全検査114、言語理解113、知覚推理、処理速度も平均上の判定、行動面で親への突発的乱暴や身体症状(頭痛、吐き気、足肩の痛み)、過呼吸発作、起立性調節障害がみられました。
中1では登校は午後のみ、学校が終わる夕方からは熱心にスイミングに通っていました。水泳は幼少時から好み、成績も良く、現在の中3まで続いています。日常生活では睡眠時間が長く平日平均10時間、休日、土日には12時間以上も眠るという生活でした。睡眠ポリグラフ検査では睡眠障害の兆候はなく正常睡眠と判定されました。
高校進学に向けての勉強と、水泳を継続したいという意欲から4~5日は8時間睡眠を保つことができました。しかし学校の勉強では眠い、だるいが続く、すなわち学業に遅れて理解できず、眠ってしまうことが多くありました。
学校心理士との相談により、努力している過程を認めて、本人のできること、得意な部分を伸ばすことを視点に自信や意欲を維持していけるよう支援し、現在は大きなトラブルなく生活しています。本症例のポイントはまず、長時間睡眠であり、週末は12時間以上も眠っているような生活が10年以上続き、睡眠不足の貯め込み(睡眠負債)があったこと、家庭内でみられた不安症状(パニック)、乱暴行為、などは解決されないまま継続したことで余計に増強していたと考えられます。水泳や就業など将来についての目標を考えられるなど落ち着いた態度もみられ、眠りも少なくなっている状況です。
この場合、意欲、モチベーションがどの程度関与しているかは明らかではありませんが、このような様々な発達障害症状を持つ場合には、より顕著になると思います。
幼少期よりあまり寝られない、寝ぐずりが続く、一度寝ついても中途覚醒が多かったようです。幼稚園時期になると登園の渋り、小・中学生になると朝起きられずに遅刻、欠席、スマホなどに興じる傾向。勉学は何とか合格ライン、私立高校に入学後はやはりオンラインゲームに熱中し、夜明け頃まで続け朝起きられず不登校、睡眠の極端な後退(睡眠リズム障害・睡眠後退型)がみられました。家庭的には幼少期より両親の不和、父親が母親や本児を殴る、蹴るなどの暴行が続き、教育環境も影響しています。WAIS検査では言語法113、行動性103と有意な差がみられ、全体として110(平均の上)であるが、検査中に注意力、集中力の低下が目立つなどからADHDと診断されました。
大脳辺縁系(扁桃体/海馬/側坐核)は大脳の内部に位置し、前頭葉皮質と呼ばれるヒトで最も発達した高次統合機能、知的機能をコントロールする部位と連絡しています。その中で側坐核は意欲、やる気に関連し、適切な行動を起こさせます。
興味関心のあるものには過集中になってのめり込みやすい、一方で関心のないものは覚えにくい、ケアレスミスを起こしやすく忘れ物、落とし物が多い、片付けができないといった本人の生活状況が説明されました。
この場合にも興味、モチベーションが高くなりすぎて眠らない、眠れないという状態になり、側坐核と意志、意欲に関する前頭前野の機能が関連している可能性もあると考えられます。
睡眠健康推進機構長 大川匡子
昔から子どもはいつもよく眠るといわれ、睡眠に問題はないと考えられてきましたが、
実は意外にいろいろな眠りの問題があることが明らかにされてきました。就学児童を対象とした国内外の調査でも約4人に1人の子供に何らかの睡眠問題があることが明らかになっています。その内訳も夜型生活による睡眠不足や朝なかなか起床できないといった睡眠習慣の問題だけでなく、不眠症、過眠症、睡眠時無呼吸障害、夜驚、夢中遊行などといった成人にもよくみられる睡眠障害もみられます。とりわけ乳幼児期からの神経発達途上からみられる「自閉症スペクトラム障害(ASD)」や「注意欠陥多動性障害(ADHD)」などの発達障害のある子ども達には約50%もの睡眠の問題がみられます。これは一般児童の約2倍にもあたる高頻度ですが、その理由は明らかにされていません。
神経発達のネットワークの機能異常が発症につながると考えられていますが、この神経ネットワークの一部は睡眠・覚醒の調整にも関与しているようです。また、発達障害をもつ子どもに多くみられる社会的コミュニケーションの不足や不安などの心理的ストレスが睡眠の質や量の変化、体内時計の不調をもたらしている可能性もあります。
外来診療では寝つきが悪い、不規則な睡眠リズム、昼夜逆転、寝起きの悪さなど、昼間学校で眠ってばかりいる、さらにそれにより遅刻、欠席、不登校といった問題のため相談される場合が多くみられます。実際に子どもの睡眠が問題となる場合は子ども自身よりも親や教育現場が多いようです。
本稿では子どもの睡眠不足がADHD症状を引き起こす例を紹介し、次回は発達障害では興味がなくなると眠ってしまう例を紹介します。
家族の生活習慣から子どもの睡眠時間が短くなる傾向にあることは最近の世界的調査でも明らかにされています。子どもの睡眠時間を短くすると多動指数が高くなりADHDと間違われる機会があります。
7歳男児(睡眠不足症候群) 4歳頃から母親は仕事のため子どもを保育園に預け、迎えに行くのは夜8時頃でした。子どもは昼寝をして、夕方にはおやつを食べ遊んでいるような生活でした。家に帰ってから夕食、入浴などで入床するのは10時頃になり、その後なかなか寝ようとせず、ぐずるなどの問題がみられました。朝は母親の出勤に合わせ7時頃起こすが目覚めないのでそのまま保育園に連れて行くような状況が続いていました。一日の平均睡眠時間は9時間未満で、この年齢の推奨睡眠時間(10~13時間)より少ない毎日でした。
小学校入学後も朝起きにくく遅刻が多く、机に向かっても集中力に欠け、落ち着きなく歩き回ることがしばしばみられました。このような状況から7歳時にクリニックを受診しました。夜間睡眠ポリグラフ睡眠検査では大きな問題はありませんでしたが毎日の睡眠表から入眠は23~0時、起床7~8時と睡眠リズムの遅れと、この年齢としては睡眠時間が短いことがわかりました。入眠の遅れはスマホやゲームなどで、眠る前に明るい画面を見たりゲームに興じたりすることが関係していると考えられました。そこで母親にスマホをしない、入床時刻を早めるなど生活習慣の改善を指導することにより、学校での問題行動も減少しました。
5歳頃より保育園で急にとびはねるなど落ち着きのなさが目立ってきました。小学校(普通学級)に入学しましたが、落ち着きがない、忘れものが多い、気に入らないとすぐに怒り出すなどの行動がみられたため9歳時、学校の教師よりすすめられ、学校支援センターから大学病院小児科を受診しました。自覚的に日中の眠気を訴えることはありませんでしたが、あくびが多くみられました。
検査では全IQ125(言語性IQ140、行動性IQ99)と群指数間の有意差が顕著であることからADHDと診断されました。さらに首捻転、両眼まばたき、顔のひき上げなどチック症状も認められました。ADHD治療としてリタリン処方を受けたがあまり効果はみられなかったようです。なお、毎晩のように大量の夜尿がみられ、睡眠中にいびきがあり中途覚醒がみられることから耳鼻科を紹介されました。耳鼻科ではアデノイド、扁桃肥大のため扁桃摘出手術を受けました。その後は夜尿が消失し、いらいら、かっとするなどの行為が減少しました。学校でもピアノ練習、学習なども落ち着いてできるようになりました。
この男児のように発達障害に睡眠時無呼吸障害(SAS)が合併する場合も多くみられます。このとき成人にみられるように睡眠不足による肥満が加わり生活習慣病のような症状が発現することもあり注意を要します 1), 2)。
睡眠健康推進機構長 大川匡子
わが国の自殺者数は警察庁の資料によれば平成10年以降、 14年連続して3万人を超える状態が続いていたが、平成24年に15年ぶりに3万人を下回った。平成21年以降10年連続して減少していたが、令和2年にはコロナ禍の影響もあり11年ぶりに前年を上回り、自殺対策がふたたび重要課題となっている。
WHOの報告によれば自殺者の90%以上が何らかの精神障害を有しており、中でもうつ病が最も比率が高い。国立精神・神経医療センター精神保健研究所の自殺既遂者の死後の調査(心理学的剖検と呼ばれる)によれば、既遂者は有意に短い睡眠時間が見られ、高率に不眠症状を有していたという。うつ病患者には90%以上に不眠が認められており、うつ病-不眠-自殺という三つのキーワードが深く関連し合っていることが考えられる。
うつ病と不眠との関連性は古くから注目されており多くの報告があるが、うつ症状が不眠より早く出現する場合と逆に不眠が先行する場合とが認められている。不眠の体験があるものは後にうつ病を発症する率が高くなり、うつ病がいったん軽快しても残遺症状として不眠が残る場合には再発率が高くなる。このような事実から、うつ病を予防する意味からも不眠症状を積極的に治療することが重要である。
不眠が自殺のリスクファクターであることを示す報告は多いが、とりわけ自殺との関連で注目されるのは悪夢である。悪夢とは生々しく見える一貫した不快な夢の連続で、不安・恐怖・脅威を感じ目覚めてしまいその後しばらくは眠れないという状態である。入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒などとならび、あるいはそれ以上に悪夢がより有意に自殺行動に結びついているという(Liu X, Bernert RA,Sjostrom N,Agarugum MYら)。したがって自殺予防の観点から、臨床家は患者の夢の内容にも十分な注意を払う必要があろう。
公益財団法人 神経研究所
精神神経科学センター長 髙橋 清久
AD/HDとは不注意、多動・衝動性を主症状とし、生来性の脳機能障害を基盤とする神経発達症で、生まれつきの体質の問題です。AD/HDは、授業中立ち歩く、じっとしていないなどの多動性、思いついたら即実行といった衝動性、うっかりミスや集中困難、忘れ物などの不注意の3つのタイプがあります。
AD/HDの症状は、成長につれ軽症化する傾向がありますが、その特性は生涯にわたって存在し続けます。特に不注意は持続しやすく、ミスの多さや指示を忘れるなどの不注意症状のため、成人になっても生活に大きな支障を来たす場合が少なくありません。
AD/HDの生活の質を悪化させる一つの要因として睡眠障害があります。AD/HDでは睡眠障害の合併が多く25-55%が何らかの睡眠の問題があるといわれています。
AD/HDの睡眠障害は原因が様々考えられますが、①AD/HDの特性が睡眠の問題を引き起こす場合、②睡眠の問題がAD/HD症状を悪化させる、もしくはAD/HD様症状を引き起こす場合、③AD/HDと睡眠障害に共通の病態が存在している場合、④AD/HDに合併する精神障害により睡眠障害が引き起こされ、それがさらにAD/HD症状を悪化させる場合、が想定されます。
①として、AD/HD児の就床抵抗、AD/HDの過剰集中から就寝時刻が遅れることなどが想定されます。多動傾向が強いAD/HD児の場合、夜間になっても就床したがらず、入眠が遅くなることがあります。
②として、睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群があります。これらの睡眠障害はAD/HDに合併しやすいといわれており、また、これらの睡眠障害により多動や不注意などのAD/HD様症状を引き起こすことがあります。
③として、過眠症があげられます。日中の過度の眠気により、集中力低下、注意散漫になることがあります。眠気と不注意症状が同じような症状としてみえることから、両者を区別することが難しいことがあります。また過眠症の人は不注意傾向が強いことも分かっており、過眠症の約半数にAD/HD症状があり、AD/HDの約半数が過眠症状を合併するといわれています。このことから、AD/HDと眠気は深い関係があると考えられています。AD/HDと過眠症は治療薬も一部同じであるため、AD/HDと過眠症は、共通の病態が存在することも推測されます。また、眠気の問題の他に、AD/HDでは睡眠リズムが後退していることが多くあります。ゲームやインターネットの使用による夜更かしが多いですが、AD/HDの睡眠リズムの後退は生物学的な背景があることも研究から示されており、睡眠リズムの崩れやすさをもともと持ち合わせている可能性もあります。
④として、気分障害や不安障害など、AD/HDに合併する様々な精神障害により、お互いに症状を悪化させることがあります。
このように、AD/HDの睡眠の問題は原因が様々あり、睡眠の問題だけではなくその背景をトータル的に把握することが大切です。
公益財団法人 神経研究所
医療法人社団大坪会小石川東京病院 精神科
伊東若子
豊かな人生を送るためには、身体の健康のみならず心の健康が重要です。しかし、時には心の調子を崩してしまい、うつ病になってしまう人がいます。一生のうちで一度はうつ病になる人の割合は7~8%といわれており、うつ病は決してまれなことではなく、多くの人が罹患する可能性のある病気なのです。また、うつ病に罹患すると、職場や学校、家庭生活において著しい機能の低下が生じます。更に、憂うつな気分が重篤になれば、時に死ぬことを考えたりなど深刻な問題が引き起こされます。
さてそれでは、一体どうしたらうつ病にならないのでしょうか?また、もしうつ病になった場合にはどうしたら早く回復できるのでしょうか?勿論、うつ病が疑われたら早めに専門の医師に診察してもらい、きちんと治療を受けることは重要ですが、個々人や家庭でも可能なうつ病予防や回復の助けになる方法はあります。
うつ病は、人間関係の悪化、仕事や学業上の失敗や叱責、過度の頑張りや重圧など様々な肉体的・精神的ストレスを契機として起こることが多いのです。抑うつ気分、意欲の低下、食欲低下、いらいら、など様々な症状が見られますが、そのうち不眠は一般的に見られる症状です。しかし、逆に不眠が存在するとうつ病になりやすく、不眠とうつ病は双方向の関係があることがわかってきています。夜寝つきが悪い、途中で目が覚める、十分寝た気がしないなどの不眠が長期に存在するとうつ病発症のリスクが高まります。また、せっかくうつ病から回復した人でも睡眠の問題が残っているとうつ病の再発リスクが高くなります。従って、毎日良い睡眠をとることは、うつ病の発症や再発の防止にとって、とても重要なのです。
それではうつ病の発症や再発を予防するための良い睡眠をとるにはどのようにしたら良いでしょうか。大切なことは、
①起床時刻や入眠時刻を毎日一定にする。これらが毎日大きく変化すると、寝付きが悪くなったり睡眠の効率が低下します。
②夕方から就寝前にかけて、光をたくさん浴びないようにする。夕方光を浴びると寝付きが悪くなり、睡眠効率も低下します。
③快適に眠るための気温、湿度、遮音など寝室環境を整える。
④日中のウォーキングなどの有酸素運動を積極的に行う。日中の運動は気分を改善し、夜間の良眠をもたらすことが知られています。
⑤寝ている間に呼吸が何度も停止する睡眠時無呼吸症候群は睡眠効率の低下をもたらすため、増悪因子である肥満や生活習慣病にも注意しましょう。
うつ病にならないための睡眠の大切さをお話ししましたが、多くの精神疾患は不眠により症状は悪化します。良い睡眠をとって、心の健康増進に心がけましょう。
社会医療法人杏嶺会 上林記念病院
病院長 山田尚登
嫌なことやどうしても納得がいかないことがあったりすると、誰しも気持ちが落ち込んだり、何もする気が起きなくなったりします。とはいえ、通常、気持ちを切り替えたり折り合いをつけたり、あるいは気晴らしをしたりするなかで、いつものように元気に過ごせるようになるでしょう。一方、きっかけの有無に関わらず、1日中気分が落ち込む、何をしても楽しめないという状態が、数週間、数ヶ月に渡り続くことがあります。これをうつ状態と呼びます。
うつ状態の原因となる代表的な疾患の一つがうつ病です。うつ病では気分が落ち込むような明らかな原因が思い当たらない、もしくは原因と思われる問題を解決しても気分が回復しないことが少なくありません。物事に対して否定的になり、何事も悪い方向に考えてしまいがちになることに加え、体はだるく疲れやすくなります。そのため通常なら難なくこなせる課題もうまくできず、自分を責める気持ちが強くなり、ますます気分が落ち込むという悪循環に陥ります。重症となると「消えてなくなりたい」、あるいは「死んでしまいたい」ほど、追い込まれてしまうこともあります。うつ病の原因は正確にはわかっていませんが、脳の働き、とくに感情や意欲を司る部分に何らかの機能障害が生じていると考えられています。
うつ病では睡眠の問題、とくに不眠症が生じやすいことが古くから知られていました。不眠症は夜布団に入ってもなかなか寝付けない(入眠困難)、あるいは寝付いた後に何度も目が覚める(中途覚醒)、本来起きる時刻よりも早く目が覚めてしまってその後寝付けない(早朝覚醒)といった睡眠の問題(これらを不眠症状と呼びます)を特徴とします。うつ病では、うつ状態に先行する不眠症状が、約半数に生じることが知られており、睡眠の問題がうつ病発症のリスク因子となりうることが指摘されています。うつ病における不眠症状はうつ状態の回復とともに改善する、とかつては考えられていましたが、近年、必ずしもそうでないことがわかってきました。不眠症状が残存すると、うつ状態の再発リスクが上昇する可能性が指摘されています。そのため、うつ病の予防・治療の両方に、睡眠の安定化が重要であると考えられます。
医療機関でうつ病の治療を受ける際、しばしば抗うつ薬が処方されますが、睡眠の改善を目指した薬剤(睡眠薬など)も同時に処方されることが多いでしょう。睡眠薬でぐっすり眠れるようになれば、それは良いことなのですが、睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群など、睡眠薬での治療に反応しにくい睡眠障害もあります。また、普段の睡眠習慣や、睡眠環境があまり良くないせいで、不眠症状が治りにくくなることもあります(詳細は他のコラムをご参照ください)。医療機関で治療を受けているにも関わらず、睡眠の問題がなかなか改善しない場合には、睡眠障害専門の医療機関で相談してみると良いかもしれません。
国立精神・神経医療研究センター病院
臨床検査部 睡眠障害検査室
医長 松井健太郎
この風変りな名前をご存知の方はそれほど多くないと思います。英語ではレストレスレッグス症候群と言います。すなわち、脚がムズムズしてじっとしていられず絶えず脚を動かしているという病気です。症状が軽い方はこれが病気とは思わず、疲れだろうとか血の巡りがちょっと悪いだけだろうなどと勝手に解釈している方が多いようですが、これは世界で使っている国際診断基準の中にちゃんと記載されています。この病気の方は睡眠が浅くなるために日中の眠気に悩まされることも少なくありません。時にはこの症状があるために気持ちが沈んだり、不安感が襲ってきたりといった症状に悩まされることもあります。
この病気と診断するためにアメリカの睡眠学会では次の4項目を挙げており、これが国際的な診断基準になっています。
①脚を動かさずにはいられない
②じっとしていると症状が強くなる
③動くと症状が軽くなる
④夜間に症状が強くなる
すなわち、夜になって寝付くころに脚がムズムズしてくるため起き上がって歩き回ります。落ち着いたのでまた横になるとムズムズが始まります。このため一晩中眠れないこともあります。そのうえ、脚がひとりでにピクンピクンと動いてしまう周期性四肢運動障害という症状を伴うことが多いため、よけい眠れません。
このような病気を持つ人は日本では100人に2~4人ぐらいいて、女性の方にやや多くみられます。また、歳をとるにつれて増えてきます。病気の背景に鉄の欠乏、慢性腎不全、妊娠などがあることがあります。
この病気の研究も進んできて良い治療法もできています。心当たりのある方は一度睡眠の専門医のいる施設で診断してもらってください。
公益財団法人 神経研究所
精神神経科学センター長 髙橋 清久
過去の睡眠コラムは、こちらをご覧ください。